地球外文献

Professor エディ・T.・渡邉Director of Cosmic Brotherhood Center and Universe Research Academy宛に1957年から1962年に金星の権威者から送られてきた文献を紹介する

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17.インスピレーション    Yaum: 1962・7・12

質問:人はどんな方法でインスビレーンョンを感知するようになりますか?

ヨーム:  いいですか。感知というものは修養によって得られるものです。言い換えますと、何事についても感知するようつねに心掛けることです。
インスピレーションや指導だけでなく身の廻りの物事についても、感知の修養をしないためにいかに沢山のものを見失っているかは驚くべきほどであります。
いかに沢山のものを見失ってきたかを、あなた方が本当に感知し始めたとき驚くべきものがあります。
わが友よ、そうではありませんか?われわれは経験の中で大多数のことを見失っていることにしばしば気づきます。
だれでもインスビレーションがあり、指導を受けているのですが、しかし、それを受けたとき、人々は彼らの心を過ぎるときに感知しないか、ほとんど気づかないため、反応をしないのです。
ですから、いいですか、あなた方の意識における修養の問題に他ならないのです。それは他のことについても言えるのと同じことです。これでいいでしょうか?

質問:もう少し明確にできないものでしょうか?

ヨーム:  感知を定義してくれとおっしゃるのでなかったら、もう少し明確にできるのにどうしたらよいか分かりません。

質問:それがインスビレーションだかどうかをどうして見分けますか?

ヨーム:  インスピレーションは刺戟とか衝動(urge)以外の何ものでもありません。それは心に作用する何ものかです。
そして、もし感知していれば、心の中で分かるような通常の思考あるいは通常の思想を超越しているものであることが分かるでしょう。
多くの人々はインスピレーションをもっているのですが、しかし、彼らはあまりにも知らなすぎるので、彼らのそばを素通りするにすぎないものになっています。
しかし、真理と理解を求める人々やこの種のことを修養した人々は、普通の思想と、何ものかに反応し何ものかをする衝動との間の差を知っています。

意見:  ヨームさん、前にも申しましたように、これらのインスピレーションがどんなものであったかを思い出して検討する必要があると思います。

ヨーム:  これらのインスピレーションは時として鋭く、急にやってくることがあります。
それらのことを第一印象といいます。
きっと、あなた方の先生はずっと以前に、第一印象に従うことの重要性を強調したはずですが、しかし、いいですか、人々はしばしば合理化しはじめ、自分の考えを主張し、いいですか、その当時彼らにとって、知性的考察に大して役立たないと思って、話をそらしてしまいました。


   auroras-fan[1]

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テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

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